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闇を暴く もっと光を: 2009年01月07日

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プチエンジェル事件



■事件概要(Wiki)

犯人の29歳の男、吉里弘太郎容疑者は無店舗型のロリコンデートクラブ「プチエンジェル」を経営。 女子高生数人をスカウトとして雇い、渋谷や新宿で「カラオケ5,000円、下着提供10,000円、裸体撮影10,000円」などと書かれたチラシを配ってローティーンの少女を勧誘し、男性客に斡旋、その他わいせつビデオの販売も合わせて多額の利益を得ていた。また本人も過去に買春で逮捕歴があり執行猶予中だった。

* 2003年7月上旬、少女のうちの1人が渋谷で勧誘され、「会ってくれたお礼」として犯人から金をもらう。犯人からは「いつでもおいで」と言われており、以降も携帯電話で連絡を取っていた。
* 11日、犯人はフェラーリ2台を売却する。
* 11日、犯人とは別の男性が赤坂の短期賃貸型マンションの部屋を契約する。部屋は最上階11階の2LDKで、費用は犯人が払った。
* 12日、犯人は都内の量販店でポリタンクや鉄アレイを購入。この際に練炭や七輪も購入したとみられている。
* 13日、少女4人は犯人から「部屋を1万円で掃除してほしい」と誘われ、渋谷駅前で待ち合わせて、タクシーで赤坂のマンションに連れて行かれる。マンションで掃除を始めると「ここに来た意味わかるよね」と犯人の態度が豹変、手錠と目隠しをされて監禁された。2人が逃げようとするが失敗、手錠にポリタンクや鉄アレイを付けられて逃げられないようにされ、スタンガンで脅された。
* 13日深夜 家族から警察に捜索願いが出される。
* 16日 マスコミで少女が行方不明になったと報道される。
* 16日 警視庁は犯人の逮捕状を2002年3月に中学2年の少女を買春した容疑で請求。捜査員が犯人の住所付近で聞き込みを始める。
* 16日9時頃 犯人はリビングでビニールをテント状にした中に入り、七輪で練炭自殺を図り死亡した。
* 17日 物音が聞こえなくなったのを見計らい、少女の1人が手錠をはずして脱出、隣室の花屋に助けを求める。駆けつけた警察官が4人を保護、犯人の死亡を確認。

事件を受けて翌日には渋谷で一斉補導が行われ、少年少女1,500人以上が補導された。

その後捜査が進められ、借りていた埼玉県のアパートからは1,000本以上のビデオテープと顧客リストが押収された。


■疑問点

大きな疑問点は以下の通り。
1.事件現場がなぜ、国会や大使館などがある赤坂でなく渋谷として報道されたのか。
 (渋谷が絡んでくるのは少女たちが「渋谷に行く」と言った事に由来)
2.警察発表の方法ではビニールが溶けて練炭による窒息死などできない。
 (注:その後の検証(2chスレ内/NTV系「バンキシャ」)により方法によっては、
 例えば気絶状態もしくは睡眠薬で意識が混濁状態の人間がテントの内からしっかりと目張りをし、
 椅子の下に練炭をおいて熱で焼かれないようにすれば可能)
3.遺書も動機もないのに司法解剖前に自殺と断定。すぐに書類送検。
4.少女達の目撃証言などから自殺した容疑者以外に客引き・運転手・部屋の実名義人の、
 少なくとも3人の共犯者がいるが速攻で単独犯とされた。
 2000人以上の名士の顧客を抱え、預金は35億だが単独犯。
5.証言と押収品の食い違い。時間経過と共に変わっていく部屋の状況(拘束方法など)
 少女達の証言も警察の発表もコロコロ変わる。
6.当初マスコミは顧客が医者・弁護士・政治家と報道した。
 しかしすぐにロリコンマニアの方へ話題がいき、顧客名簿を押収したにもかかわらず、
 偽名が大半、という事で追求終了。
 (偽名なのになぜ職業がわかった?)
7.Wikipediaの同項目がスポニチの記事の転載であるとして削除されている。
8.吉里容疑者の自殺よりも前に
 彼の父(元朝日新聞西部本社社会部長。警視庁キャップの経歴もある)も自殺してい
る。
 理由は更迭が原因だったと言われている。
 また彼の兄も自殺しているが原因不明。

■関連 染谷悟刺殺事件

2003年9月この事件の取材活動を続けていたフリーライターの染谷悟が東京湾で刺殺体となって発見された。

周辺でトラブル相次ぐ 生活実態や交友関係捜査

 東京都江東区の東京港で12日、フリージャーナリスト染谷悟さん(38)が刺殺体で見つかった事件で、染谷さんは約1年前から、自宅のベランダや窓を壊されたり、空き巣の被害に遭うなどしていたことが14日、警視庁東京水上署捜査本部の調べで分かった。
 捜査本部は、染谷さんの周辺で相次いだトラブルで事件につながるようなものがなかったか、普段の生活実態や交友関係を捜査している。
 調べでは、染谷さんは昨年9月、当時住んでいた豊島区のアパートで空き巣被害に遭い、カメラやレンズ、パソコンなど77点を盗まれた。
 今年1月には、ベランダのフェンスが壊される被害に遭ったほか、4月にも、玄関のドアが開かないようドアのすき間に物を詰められたり、窓が割られるなどの嫌がらせが相次いだ。

東京都江東区の東京港でフリージャーナリスト染谷悟さん(38)の刺殺体が見つかった事件で、知人の携帯電話に7日未明、染谷さん名の不審なメールが届いていたことが13日、警視庁東京水上署捜査本部の調べで分かった。
染谷さんは5日に知人と電話で話して以降、行方が分からなくなっている。
 メールは「旅に出る」とする内容だったが、発信元のアドレスは染谷さんが直前まで使用していたものではなかった。
 染谷さんは頻繁にメールアドレスを変更していたことから本人の可能性もあるが、捜査本部は何者かが染谷さんの失跡を隠すために偽装した疑いもあるとして発信者の特定を急いでいる。
 
・東京都江東区の東京港で殺害されているのが見つかった染谷悟さん(38)は「柏原蔵書(かしわばら・くらがき)」の名前で活動するフリージャーナリストで、最近になって「中国人に命を狙われている。殺されるかもしれない」と周囲に漏らしていたことが12日、関係者の話で分かった。 
染谷さんは東京・歌舞伎町で活動する暴力団や中国人犯罪の取材を続けており「歌舞伎町アンダーグラウンド」と題する著書もある。
警視庁東京水上署捜査本部は染谷さんが取材活動の中で何らかのトラブルに巻き込まれた可能性があるとみて捜査している。
調べなどによると、染谷さんは東京都豊島区のアパートに1人で暮らしていたが、4月ごろには自宅の窓ガラスを割られる被害も受け、その後短期滞在マンションで生活をしていたという。

(共同通信)[2003年9月12日21時20分更新]
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20030912-00000257-kyodo-soci
【社会】東京港に両手に鎖、両足に紐の男性の死体 事件と自殺の両面で捜査[09/12]
http://news5.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1063334545/l50

【社会】東京港に両手に鎖、両足に紐の男性の死体 事件と自殺の両面で捜査[09/12](2ちゃん ミラー)
殺害されたのはフリー記者 「殺されるかも」と漏らす(2ちゃん ミラー)

フライデー [2月6日号]  
『フリーライター惨殺事件、主犯の「ヤミの素顔」-元在日韓国人カギ業者が逮捕』

という記事によると、 東京都江東区の東京港の海上で昨年九月、豊島区出身のフリーライター、染谷悟さん=当時(三八)=の刺殺体が発見された事件で、逮捕監禁罪などで起訴された元鍵販売会社社長、木原武士こと桜井景三(四二)は昨年9月に日本国籍を取得した元在日。「木原」はかつての通名で、帰化時に「桜井」という苗字にしたそうだ。
かつて大阪で暴力団に1年間所属し、背中に刺青までしていた。売春防止法違反、恐喝未遂などで捕まった前科もある。



吉里弘太郎 (覚書)

母親が沖縄出身
・父親が元朝日新聞社の記者
・父親は数年前自殺
・兄も後を追うように自殺
・東京芸大出身のデザイナー
・過去ホストクラブで2年間ホストのバイト
・大学時代複数女性の「ヒモ」のような暮らしをしていた
・ロリータ趣味で多くのロリータデートクラブで「顔」
・最近はホテル暮らしで都内のホテルを優雅に転々としていた
・愛車はシルバーのフェラーリ(2500万)
・預金は35億円
・顔はビーズの稲葉に似てカコイイ。
・ニューヨーク、パリにぶらぶら遊学経験がある
・外国人に友人が多い

【2001年】
[4~6月]  吉里、未成年者の買春容疑で書類送検
[9 月]   吉里の埼玉県久喜市アパート近くで大量のわいせつビデオ販売のチラシと、約100人分の顧客の名前が記されたリストをごみとして処分。埼玉県警は一緒に捨てられていた公共料金の請求書から吉里容疑者を割り出したが販売事実を確認出来ず。中には下着姿の少女の写真も入っていた

【2002年】
[3月]    吉里、中学2年の少女を6万円で買春。この事件の容疑で2003年7月16日に逮捕状が出される



■事件に関連が疑われる政治家

糸山英太郎
2003年7月12日頃、ザ・イトヤマタワー18階の自宅で、元暴力団組長から紹介された16歳の少女に15万円の現金を渡して買春、このことが警察に露見し元暴力団組長ら3人が児童福祉法違反で逮捕された。しかし買春相手が18歳未満だとは知らされなかったとして、児童福祉法違反に問われることはなかった。このとき、事件もみ消しに暗躍したのが、五代目山口組若頭補佐(当時)だった後藤忠政・後藤組組長であり、後に謝礼として慰労金を渡したと報道された。

■参考リンク
プチエンジェル事件
赤坂小6女児監禁事件・プチエンジェル事件
後藤忠政
後藤組



■関連書籍

歌舞伎町アンダーグラウンド歌舞伎町アンダーグラウンド
(2003/06)
柏原 蔵書

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別冊ナックルズ 7ニッポン“タブー”事件簿別冊ナックルズ 7ニッポン“タブー”事件簿
(2008/11)
不明

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日本タブー事件史―誰も触れないあの事件の真相 (別冊宝島 (1102))日本タブー事件史―誰も触れないあの事件の真相 (別冊宝島 (1102))
(2004/12)
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元厚生事務次官襲撃事件

■事件の概要

2008年11月18日、さいたま市の元厚生事務次官宅で、夫妻の遺体が見つかる。
埼玉県警捜査1課と浦和署は、2人が刃物で刺されていることなどから、殺人事件として捜査を始めた。
また、同日夜には同じく元厚生事務次官の吉原健二さんの妻が、中野区の自宅で何者かに刺されて倒れているのが見つかる。

22日に46歳無職の男が血のついた刃物を持って、「元事務次官を殺した」と出頭。銃刀法違反で逮捕された。

■2人の元事務次官の共通点
   山口剛彦さん  吉原健二さん
       東大法学部を卒業
       三重県へ出向経験

59年6月 年金局課長 年金局長
   小泉純一郎首相のときに事務次官

■補足 小泉純一郎元首相が厚生大臣時代の事務次官。
     基礎年金制度創設、後期高齢者医療制度の原案作成の中心的存在。
     民主党長妻昭議員が二人を国会で承認喚問の予定があった。



■事件前後の目撃情報

襲撃・狙われた元次官:下見か、不審ワゴン車 中野事件、7時間前目撃(毎日jp)
  • 午前11時半ごろ、南東約150メートル離れた路上に、見かけないワゴン車が停車しているのを近所の女性(48)が目撃
  • 運転席には四角いつばの野球帽姿の20~30代の男
  • ワゴン車は黒か紺色のワンボックスタイプ
  • 前日17日午後1時半ごろにも黒っぽいワゴン車が同じ道路に止まっていた
  • 女性(31)は犯行時間の午後6時半ごろ、足跡が残っていた路上でワゴン車に設置されたスライド式ドアが閉まり、吉原さん宅方向に急発進する車の音を聞いた
■ニュース
 元次官の住所「職員録で把握」 部屋は転居前の整然さ(朝日)
 小泉容疑者、収入源は謎 家賃滞納なし・夜は繁華街へ…(朝日)
 小泉容疑者の供述、一貫して「犬の敵討ち」(読売)
 小泉容疑者、周到計画と不可解な動機に「溝」…出頭1週間(読売)
 小泉容疑者の鑑定留置請求へ…さいたま地検、動機不可解で(読売)



■疑問
それでも解けない元厚生事務次官襲撃の謎(陰謀論)
crm0812221617013-n1.jpg 小泉 毅 容疑者

山口剛彦元厚生事務次官と妻が自宅で殺され、吉原健二元厚生事務次官の妻が重傷を負った事件で、小泉毅という人物が警視庁本部に刃物をもって出頭、自分が殺したと供述しているようだ。

報道によると、「以前飼っていたペットを保健所に殺され腹が立った」とか、「官僚が国を動かしていることが分かり、高級官僚が悪だと分かった」などと述べ、「元次官と家族10人前後を殺害する計画だった」と話しているらしい。そした計画を放棄して出頭した理由は「警備が厳しくなり、逃げ切れないと思った」からだという。

30年以上前に「ペットを保健所に殺され」、大学で「高級官僚が悪」だとわかったのだとしても、犯行の理由としては説得力がない。普通ではない考え方をする「異常者」なのかもしれないが、昔から政治的な暗殺は「孤独な異常者」が行ったことにされるものである。

かつて、日本とアメリカの情報機関で働いていた人物によると、1970年代から暗殺にプロの殺し屋を使うケースは少なくなり、「孤独な異常者」を利用するのが流行になったのだという。

日本の野党政治家が暗殺された事件を調べたことがあるのだが、そのときも似た話を聞いた。犯人の個人的な恨みが殺人に結びついたと言う人もいるが、某国の情報機関から日本のある団体に指令があり、その団体の某中堅幹部が適当な「犯人」を物色したとする証言も聞いた。

自分の犯行だと名乗り出た人物が出現したとしても、事件が解決したとは言えない。ターゲットになったふたりの元厚生事務次官が年金問題で重要な役割を演じ、内情に精通していたことを考えると、なおさら慎重に調べる必要がある。

事件後、マスコミでは事件の実行者は誰なのか、犯罪の「専門家」は喧喧諤諤(けんけんがくがく)だったが、彼らの口から出てこないシナリオがひとつあた。「口封じ」あるいは「脅し」である。

日本の年金や郵貯は巨大な資金であり、その実態は国民に知らされていない。かつては「財投」が相場を支えるために使われることも珍しくなかった。相場の「演出」に利用されたということだ。組織的な公的資金の流用も疑われている。個人的な着服や、不必要な施設の建設は目くらましの可能性が高い。

現在、世界経済は危機的な状況にある。アメリカで金融システムが破綻、その影響はドミノ倒しのように広がっている。損害を諸外国に押しつけるアメリカの戦略も完全には機能していない。しかも、何年も前からアメリカの投機家たちは、日本国民の資金に目をつけていた。今回、狙われたふたりの元厚生事務次官は、その重要ポイントにいた。「偶然」という言葉は最後まで使うべきではない。


小泉毅単独犯説にメス 元厚生事務次官宅連続襲撃事件の闇(北芝健の「いわんや悪人においてをや」サイゾー)

彼は犯行後、車内で衣服を着替えたと供述しているが、単独犯の場合、犯行時に浴びた返り血のついた服を着替えるのは、逃走が遅れる原因になり、非常にリスキーだ。加えて言うと、私は実際にさいたま市の犯行現場を確認したが、犯行の行われたとされる夕方と同時刻でも視界はきいた。そんな時間に返り血のついた服を着て車まで走って逃走した場合、途中で誰かに目撃されて通報され、緊急配備ですぐに引っかかる可能性がある。しかし、彼は誰にも気づかれることもなく、自宅まで帰り着いている。主要幹線道路にはNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)というカメラが設置されているが、これにも引っかかっていない。Nシステムの設置場所を知った上で行動していたとするならば、小泉容疑者はかなり綿密な計画を立てて行動していたことになる。事実、彼は逮捕後「10 年前から計画を練っていた」と供述している。

 だが、いくら10年の月日をかけて練られた綿密な計画による犯行だとしても、彼がそれをひとりですべて行ったと断定するのは、いささか尚早なのではないか。彼の犯行は、ヒッター(殺し屋)としての仕事の質が高すぎる。逃走経路の件はもちろん、殺害方法や犯行前に身辺整理をあらかじめ済ませるなど入念な準備がなされており、いくら10年計画の犯行だとしてもド素人が行えるものなのかということに純粋に疑問が残る。

■他の事件との類似点

石井紘基事件と元厚生次官ら連続殺傷事件の経過があまりに似過ぎていないか? (紀藤正樹ブログより抜粋)
 これで石井こうき事件と同様、犯人がすぐに出頭してしまうと、捜査はそれまでの波状的捜査から、逮捕から23日で起訴する義務が生ずる捜査となるため、事実上、被疑者有罪のための捜査となり、事件の背景や共犯関係、真相への捜査はおざなりになる。その結果は、事件はやぶの中、それは石井こうき事件の2の舞となると危惧していた。

 そして今、やはり予想は的中し、犯人は自ら出頭した。

 今回出頭した犯人と石井こうき事件の犯人像とは重なる。

1 警視庁本庁に自ら出頭。
2 土曜日に出頭(警察の非番日なので、事実上23日中、土日の2日が稼げる。)。
3 義憤(しかし意味不明の)が動機のように装う。
4 単独犯であることを強調。

されれば、事件の真相が藪の中になってしまう可能性がある。

※他にも 一撃での刺殺・犯行直後逃走 事件後の尻つぼみな報道や政治的な対応も、非常に類似している。 又、オウム村井秀夫刺殺事件長崎市長射殺事件との類似点も多い。



■そして闇へ

小泉毅容疑者逮捕直後、彼の映像を見た被害者宅の近隣住民の証言として、「彼の顔はよく知っている、8月ぐらいから2人組みで黒いバンで近くの駐車場に乗り付けて、この近辺をうろついていて何度も会った」というものがあった。彼の単独犯説に当初から疑問をもっていたので、複数犯説の強力な裏づけとなるこの証言は、はっきり覚えている。

その後、その証言映像を見る事はなかったが、目撃証人の確信をもった断定的な口調が私の脳裏から離れない。

無職であった彼の収入源や犯人は右利きという鑑定結果との相違、事件現場付近で目撃されたという黒のエスティマ等々、多くの謎と疑問を残しながら、ペットの恨みを晴らすためという、1人の精神異常者の幻想と執念が起こさせた犯行として決着するのであろうか。小泉容疑者が容疑事実を全面的に認めていることから、公判では事実関係が争われる可能性は低い。

■参考リンク
 村井刺殺・オウム事件
 石井紘基刺殺事件
 長崎市長射殺事件
 ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」 顧客名簿

埼玉連続幼女誘拐殺人事件

置き去りにされたままの多くの謎(ミステリ―)
犯人は本当に宮崎〝一人〟だけだったのか―――?
宮崎勤

緻密にして大胆不敵、冷酷にして残忍な犯人像とはかけ離れていた“冴えない風貌の青年” しかし、大量のビデオで“要塞”と化した彼の部屋がメディアで報じられた瞬間から事件は“オタクの犯罪”という全く異質の方向へと展開していった・・・・・・・


今も強烈に蘇る事件の衝撃―――罪無き幼女4人の命を奪った殺人鬼は、現在塀の中で審判の日を待っている。しかし、事件は、容疑者逮捕直後から冤罪説が飛び出すなど、多くの謎が噴出し、今なおその謎は置き去りにされたままになっている。断っておくが、本稿は決して宮崎の冤罪説を主張する趣旨の内容ではない。しかし、事件から既に16年―――――事件を冷静に俯瞰して検証した時、一体何が見えてくるか?今改めて、放置されたままの事件の謎に迫ってみたい。


1989年8月11日、真昼のテレビに突如として東京上空を飛ぶヘリコプタ―からの映像が流れた。綾子ちゃん殺害の容疑で宮崎勤を再逮捕したという臨時ニュ―スである。宮崎を乗せた警察の車がひた走る。テレビはその模様を全国のお茶の間に中継した。世間を震撼させた連続幼女誘拐殺人事件の終わりの〝始まり〟だった ――――。


冷酷・残忍・緻密・大胆不敵―――――
             冴えない青年・宮崎と犯人像のイメ―ジの乖離

「もし私が捕まった時、皆さんは、私を見て驚かれるでしょう。・・・・・・残念ながら私は、あなた方の身近に居ます。近くが遠いのです」(今田勇子の告白文より)
たしかに世間は驚いた。幼女殺害の犯人は、どこにでもいそうな冴えない風貌の青年だった。絵梨香ちゃんの誘拐の際に目撃されたという不審な中年男ではなく、ましてや冷酷にして残忍、緻密にして大胆不敵な今田勇子のイメ―ジからはほど遠かった。
私たちは宮崎勤に関する情報をシャワ―のように浴びせられた。その結果、この男が犯人だと思うようになった。あのときのことを思い出してみよう。宮崎の自供どおり綾子ちゃんの頭蓋骨が見つかったというニュ―スが流れたのち、大量のビデオと雑誌が積み上げられた宮崎の部屋が公開された。マスコミは宮崎の残虐性を煽る報道を機関銃のように連射し続け、宮崎のビデオコレクションがあたかも残酷映画一色に染まっていたかのようなキャンペ―ンを張った。それは事実に反していたが、テレビの怪奇映画特集は放映中止となり、ビデオ店のホラ―ビデオコ―ナ―は縮小を余儀なくされた。いったんひとり歩きを始めた〝オタクの犯罪〟というイメ―ジはもはや誰にもコントロ―ルできなくなっていた。
当初は誰も宮崎のような犯人像は想像していなかった。そのことはいまでは忘れられがちである。宮崎のようなタイプの人間が残忍なことをするというイメ―ジは、警察とマスコミの合作による〝宮崎勤事件〟という物語によって刷り込まれたものである。そして物語の第1ぺ―ジ目に据えられたのが、宮崎の自室の写真だった。あの写真は家宅捜索前に報道陣が部屋に入って撮影したものである。警察はそれを黙認した。酒鬼薔薇事件や昨年に奈良市で起きた女児誘拐殺人でもいいのだが、警察の誘導とマスコミの印象操作で成り立っているような事件のスタイルは、かなりの程度、宮崎事件で確立した。


警察が証拠保全もしないまま
宮崎勤 部屋
報道陣に公開された宮崎の部屋

権力によるシナリオの存在が見え隠れしているような事件には、決まって共通の特徴がある。いくつもの謎が平然と放置されていることだ。宮崎は女児の裸を写真に撮っているところを見つかって逮捕されたが、そんなまぬけな男が綾子ちゃん殺害では極めて神経質な作業をしたことになっている。埼玉県の宮沢湖霊園で見つかった綾子ちゃんの遺体には首がなく、のちに宮崎の自供どおり東京多摩地方の御嶽山で頭部が見つかる。だがそれは脳硬膜もない空っぽの頭蓋骨だった。死後2ヶ月で完全無欠な白骨になるのはおかしいという疑問が出たが、これは宮崎が自宅の印刷工場にある流し台で髪の毛をむしり取り、きれいに洗ったためという理由付けがなされた。だが流し台から髪の毛は発見されず、頭蓋骨には洗ったときの傷もなかった。
供述によれば、宮崎は綾子ちゃんを殺してから遺体を自室に隠していた。ビデオ撮影をして弄んでいたが、2日後に腐敗臭が強くなったのでノコギリで解体したという。だが宮崎の部屋は他の部屋とカ―テンやベニヤ板で簡単に仕切られているだけである。にもかかわらず家族は誰も宮崎の行為に気付いていない。隣の部屋にいた妹は腐敗臭などしなかったと言っている。もちろん遺体などは見ていない。しかも部屋から押収されたノコギリからは血液反応が出なかった。宮崎は遺体の解体に使ったノコギリを河川敷に捨てたと供述したが、どこを探しても見つからない。ついに凶器は特定されなかったのである。
自供どおりの場所から綾子ちゃんの頭蓋骨が見つかったなら、宮崎は間違いなく犯人だろう。しかしその他の状況を考え合わせると、発見された頭蓋骨は本当に綾子ちゃんだったのかという疑問が生じる。また遺体切断現場が宮崎の自室だったというのに、警察は証拠保全もせず、報道陣を部屋に入れたことになる。これは小さな問題ではないはずだが、いつのまにかうやむやになった。こんな疑問が放置されたままなのだ。


事件の大きな謎
      警察関係者を示唆する今田勇子の〝犯行声明文〟

段ボ―ルで届けられた真理ちゃんの歯を巡る鑑定結果が混迷する中、今田勇子の犯行声明文が届く―――――
    「あの骨は、本当に真理ちゃんなのですよ」
そして埼玉県警は最終的に「歯は真理ちゃんのもの」という判定を下す
警察を助けた今田勇子―――――そこで浮上したのが
         「今田勇子=警察内部関係者」説だった


謎はまだある。全部はとても書ききれないので、代表的なものを見ていこう。
1989年2月6日、行方不明になった真理ちゃん宅に、歯や骨の入った段ボ―ル箱が届いた。「真理 遺骨 焼 証明 鑑定」と書かれたメモとともに。
7日に埼玉県警は「歯は真理ちゃんとは別人のもの」という鑑定結果を発表したが、8日になってから鑑定医が前日の発表を否定した。「別人のものとする根拠がなくなった」という。情報が混乱する中、10日に今田勇子の犯行声明が届く。それは歯が真理ちゃんのものであることを強調する内容だった。
真理ちゃんが通院していた歯医者の見解はこうだ。
「少なくとも私が治療した歯は入っていなかった。また、中には明らかに永久歯と思われるものが入っていたが、真理ちゃんにはそんな歯はなかった」(当時の報道より)
この鑑定が正しいなら歯は真理ちゃんのものではない。しかしもはや鑑定より今田勇子の犯行声明のほうが説得力を持っていた。埼玉県警は3月1日に「歯は真理ちゃんのもの」という最終判定を下したが、もはやその報道に影響力はなかった。「あの骨は、本当に真理ちゃんなのですよ」という今田勇子の言葉がすでに定説化していたからだ。結果的に犯行声明は情報操作の役割を果たしたが、これは警察にとって都合の悪いことではなかったといえる。歯は焼かれていて正確な鑑定は不可能だったからだ。もし真理ちゃんの歯と断定できなければ〝第5の殺人被害者〟を想定しなければならない。その手間が省けたことから「警察を助けた今田勇子は警察内部の人間ではないか」という説も出た。
たしかに今田勇子の犯行声明は、警察の内情を知っている人間が書いたようなニュアン
スを漂わせている。「署長は、捜査員には、絶対に写真を見せず、言葉でしか、その写真を説明していない筈なのです」「警察も、そこまでやるようになったのだなあと思いました」「これは、警察官が、いつも心えていることでもあります」などの箇所である。
加えて今田勇子は、迅速かつ正確な行動ができる人物であることが明らかだった。日々の報道を丹念にチェックしながら、ほとんど1日程度で犯行声明文を書いたことになる。身元の分からないような細工をした上でポストに投函している。しかも筆跡を操作しながら書き損じがない。宮崎にそれができたとは思えないという声は今も根強くあるし、実際、今田勇子の正体が宮崎勤であるという明確な証拠はない。すなわち封書についていた指紋が一致したとか、切手についていた唾液のDNAが一致したとか、そういう確たる証拠は出ていない。ちなみに封書にも手紙にも指紋はついていなかった。今田勇子は周到な人物なのである。切手に唾液がついていたかどうかという情報も出てきていない。鑑定した結果はおろか、鑑定したかどうかという情報も公表されていない。
つまり今田勇子=宮崎勤という根拠は、せいぜい文体論のレベルでの話にすぎない。そしてその文体すら総じて似ているとはいえないが、しいていえば言葉遣いの特徴に共通点がないわけではない。たとえば、「~と、~は、違うことです」という比較の言い方の繰り返しや、「ところが、どゥでしょう」という表現などは両者の類似点である。「必然して~」という独特の表現も両者ともに使っている。(井上ひさし「今田勇子を読む」)宮崎に特徴的な表現を今田勇子が用いているのは事実である。そこだけ見れば2人は同一人物にも思えるが、一つ大きな謎がある。


発売前で入手不可能なビデオを
             宮崎の部屋に〝仕込んだ〟のは一体誰か
 
今田勇子とホラ―映画『スウィ―トホ―ム』の謎―――宮崎の膨大なコレクションの中にあった『スウィ―トホ―ム』
しかし―――宮崎が逮捕されたのは、7月23日だった
そして―――ビデオが発売されたのは、8月11日だった
果たして宮崎は、発売前のビデオをどうやって入手したのか―――――?


 
今田勇子が書いた告白文の設定は、伊丹十三製作総指揮のホラ―映画『スウィ―トホ―ム』に似ているという指摘がある。これは事件当時にスポ―ツ新聞が報道していた。『スウィ―トホ―ム』は、ある画家の遺作を探すために廃墟に潜入したテレビスタッフが、画家夫人の怨霊に祟られる物語である。生前に画家夫人は、焼却炉に入り込んだ子供に気付かずに火をつけてしまう。そのショックから発狂し、他人の子供を誘拐しては焼却炉に投げ込む殺人鬼と化す。たしかに画家夫人の設定は今田勇子の境遇に似ている。
一橋文哉の『宮崎勤事件――塗り潰されたシナリオ――』(新潮社)によると、宮崎のビデオコレクションの中に、なるほど『スウィ-トホ―ム』があったという。そしてそれをヒントに告白文を書いたというのは、宮崎勤自身が供述したことだというのである。一橋はこの話を警察官僚のAという人物から聞いたという。Aによれば、宮崎はこんな供述をした。
「手紙(告白文)を出すに当たって、何か今田勇子という中年女性らしいスト―リ―を、と考えていたら、部屋の中に伊丹十三監督が製作した『スウィ-トホーム』というホラ―映画があったんだ。それを土台にして、江戸川乱歩や横溝正史といった作家のビデオ作品と本二冊を参考にして、スト―リ―を創作したんだ」
宮崎が本当にこのような供述をしたなら、警察はこの言葉を信じる前に、確認するべき点があったはずである。『スウィ―トホ―ム』が劇場公開されたのはいつだったか。1989年1月21日である。今田勇子の告白文が送られたのはいつだったか。同年3月11日である。そして『スウィ―トホ―ム』のビデオが発売されたのはいつだったか。同年8月11日である。映画がテレビ放映されたのは翌年の1月2日だった。
今田勇子の告白文が書かれた時点では、まだ『スウィ―トホ―ム』のビデオは発売されていなかった。テレビでもまだ放映されていなかった。今日であればインタ―ネットで映像を入手することもできそうだが、事件当時にはそのシステムもノウハウもなかった。したがって宮崎勤の部屋に『スウィ―トホ―ム』のビデオがあったはずがない。なのにあった事を前提にしている警察官僚Aの証言は信用できないということになる。
宮崎勤が逮捕されたのは、1989年7月23日である。綾子ちゃん殺害を上申書の形で自供したのが同年8月9日だった。それを受けて報道陣が宮崎宅に押し寄せたのが8月10日。『スウィ―トホ―ム』のビデオが発売されたのはその翌日である。
家宅捜索は8月10日の夜に行なわれた。その時に押収されたのはノコギリとヤスリだけである。部屋に積まれたビデオが押収されたのは8月15日であり、スポ ―ツ新聞に『スウィ―トホ―ム』にまつわる記事が載ったのも同じ日だった。警察はビデオ押収のタイミングに合わせて『スウィ―トホ―ム』関連の情報をリ― クしたのだろう。しかし身柄を拘束されていた宮崎が8月11日発売のビデオを入手できたはずがない。にもかかわらず、もし家宅捜索でそのビデオが押収されたなら、誰かが事前に部屋に入ってブツを仕込んだことになる。それができたのは誰だったか。


元〝中古車販売会社〟の従業員が見間違えた
                「カロ―ラⅡ」と「ラングレ―」の謎

ビデオの謎に答える前に、絵梨香ちゃん殺害にまつわる謎も見ておこう。この幼女の遺体は埼玉県名栗村の山林で見つかった。宮崎が遺体を車で運んで捨てたことになっている。この件に関しては犯人に結びつく有力な手がかりがあった。絵梨香ちゃんの遺体が遺棄されたと思われる時間帯に、現場の山林下を通る県道に脱輪車があった。目撃者が「ツ―ボックスのトヨタ車」だったと証言し、埼玉県警は「カロ―ラⅡ」と見て捜査した。しかし宮崎の車はセダン型の「ニッサン・ラングレ―」だったので矛盾が生じた。
宮崎は自分の車で遺体を運んだと供述している。脱輪したことも認めている。同じ時間帯に他の脱輪車があったことは確認されていないので、目撃されたのは宮崎の車ということになる。目撃者はラングレ―とカロ―ラⅡを見間違えたのだろうか。
しかし、それは考えにくいのだ。目撃者の2人は中古車販売会社の元従業員であり、車には詳しい人たちだった。加えて実際に犯人の車を運転し、脱輪を助けている。ひとりが運転席に座って車を操作し、ハンドルや計器の形、レバ―やサイドブレーキの位置などを実際に確認している。そしてもうひとりは犯人といっしょに後ろから車を押した。その上で車種はカロ―ラⅡだったといっている。仮に車種を見間違えることがあったとしても、車体がツ―ボックスなのかセダンなのかは間違えようがないだろう。漠然とした目撃証言ではないのである。しかも2人の目撃者は、犯人と会話もしている。林から降りてきた男が「すみません、手伝ってください」と言い、目撃者はそれに応じたのである。
報道によると、目撃者は犯人の風貌についてこう証言した。
「37、38歳、身長170センチ前後、小太りで丸顔、なでつけたような長髪だった」
眼鏡はかけておらず、ガッチリした中年男だったという。ちなみに宮崎の身長は逮捕時の測定で159センチだったことがわかっている。
埼玉県警は脱輪車をカロ―ラⅡと断定して割り出しを行なった。しかしその後に警視庁が「宮崎所有のラングレ―に脱輪時にできたような傷があった」という情報を出してくる。そして宮崎が絵梨香ちゃん殺害を自供した後になると、会社員の証言も「脱輪車の男は宮崎と同一人物だった」という具合に修正されてくる。不思議なことに、会社員たちは、宮崎と面通しすらさせられないまま、しだいに証言を変えていった。彼らは目撃した車種がツ―ボックスのトヨタ車であることは最後まで譲らなかったようだが、やがて続報は、ぱったり出てこなくなった。そしていつのまにか「脱輪車はラングレ―で男は宮崎だった」ことで確定した。なぜか公判でもこの件は吟味されなかった。


宮崎はビデオ〝コレクタ―〟ではなく、顧客に珍品を売る
                     ビデオ〝ブロ―カ―〟だった?

警察による宮崎勤事件のシナリオは、4つの誘拐殺人事件の同一性と連続性を担保しようとしたときに決まって破綻している。つまり宮崎の単独犯行という発想が破綻しているのである。警察は複数犯説を考えなかったのか?実はその可能性が示唆されたことが1度だけある。宮崎が真理ちゃん殺しを自供したあと、読売新聞が「宮崎のアジト発見」というスク―プ記事を載せた。遺体遺棄現場の小峰峠に山小屋があり、幼女殺害の証拠品などが隠されていたという記事である。これは警察が否定して誤報とされたが、新聞社側は事実確認の甘さを認めながらも複数の取材源があったことを明記している。決して捏造記事ではないということだろう。むしろこのときの警察の慌てぶりが印象的だった。
この誤報記事で目につくのは、見出しをはじめとして「アジト」という言葉が多用されていることだ。これは通常組織的犯罪における隠れ家を指す言葉として使われる。「左翼過激派のアジト」という用例がわかりやすいが、とにかく警察は複数犯を視野に入れていたのだろう。まともな捜査をしていたなら当然その発想は出てくるはずだ。
そこで考えてみると、たしかにアジトがあった方が警察にとっては都合がよかったはずである。正美ちゃんの遺体は小峰峠に1年も放置されていたのに、全身の骨がそろって見つかっている。なぜ動物に食い荒らされなかったのかという疑問が出たケ―スだ。しかしこれも遺体が山小屋に隠されていたということなら理解できる。警察はそういう筋書きを考えたのでないだろうか。しかし何かの理由で〝アジトシナリオ〟は放棄された。新聞がすっぱ抜いてしまったので、慌てて否定せざるを得なかったのかもしれない。どんなハ―ドルがあって警察が複数犯説を放棄したのかは不明だが、とにかく一連の事件は、複数犯を想定することで、かなり矛盾が解消されるのは間違いないのである。
すでに指摘したように、今田勇子の告白文は宮崎特有の表現を含みながらも、全体としては宮崎らしくないものだ。この謎にしても、宮崎の特徴を知る別人が書いたと考えれば疑問は解ける。たとえば、〝その別人〟は宮崎の顧客である。宮崎は趣味でビデオを集めていたというより珍品のブロ―カ―だったと考えた方がよい。自分の好きなビデオより人気のあるビデオを集めていたという趣旨のことは本人がたびたび供述している。仮に死体ビデオの二―ズが高まれば、また宮崎を利用してその手のビデオを作ろうとした人間がいたとしても不思議ではない。そしてその人間を通じて宮崎は無意識のうちに〝闇社会のマ―ケット〟とつながっていった可能性もある。


宮崎が幼女殺害を自供する以前のある日―――――
                   一人の男がカメラを持って宮崎宅に現れた

複数犯による犯行を想定した場合でも、個々の犯人が決して共犯関係ではなかったケ―スも考えられる。〝連続幼女殺人事件〟なるものは最初から存在せず、個別の幼女誘拐殺人事件が同時多発的に起こったのかもしれない。現に1989年当時は幼児誘拐事件が全国で頻発していた。今田勇子が告白文の中で触れていた朋子ちゃん誘拐事件もそのひとつである。朋子ちゃんは1987年に失踪し、翌年に川原で白骨が発見された。骨の身元はわからなかったが、朋子ちゃん以外に該当者がいないので警察はそう断定した。最後に目撃されたとき、朋子ちゃんは不審な中年男と一緒にいた。犯人は捕まっていない。
今田勇子は告白文で朋子ちゃんの名前を〝明子ちゃん〟と間違えて書いているが、実は当時、明子ちゃんという幼児の誘拐事件も起きていた。また昨年に奈良市で女児を殺害したされる小林薫も宮崎事件と同じ年に8人の女児への猥褻容疑で逮捕されている。執行猶予付きで野放しになったのち、2年後には幼女殺人未遂事件も起こした。宮崎事件と同じ時期に、宮崎以外にもソレモンの変態が跋扈していた。その事実を踏まえたとき、宮崎勤事件は本当に宮崎ひとりの犯行だったのかという疑問は、濃くなることはあっても薄れることはない。というより〝宮崎勤事件〟という警察のシナリオは、これまで見てきたようにすでに破綻している。そしてその破綻の修復のために出してきたのが『スウィ―トホ―ム』のビデオにまつわる逸話だろうが、これがまたさらなる破綻を呼んでいるという顛末だ。宮崎の部屋にあのビデオを仕込むことができたのは、警察関係者かマスコミの人間しか考えられない。業界の関係者ならビデオの発売日より前に品物を入手できる。警察の意向を受けた何者かが密かに宮崎の部屋に証拠物件をセッティングした可能性も考えられる。
この件に関連して最近妙な話を聞いた。まだ宮崎が綾子ちゃん殺害を自供する前というから、マスコミが現場に殺到した8月10日より以前のことである。ひとりの男が宮崎宅を訪れた。彼はあるテレビ製作会社のディレクタ ―だった。家族に許可を取ったかどうかは不明だが、宮崎の部屋に上がりこみ、ビデオをうず高く積み上げた―――――
そう、あのオタク部屋を作ったのは彼だった。舞台設定を整えてカメラを回し、帰っていったという。
彼は現在消息不明らしいが、当人を知る人物から本誌編集者が聞き出した話である。事実なら警察は幼女誘拐殺人事件の犯人が宮崎であることを、かのディレクタ―にいち早く漏らしたことになる。しかもその時期はまだ宮崎が幼女殺人を自供する前なのだ。
この奇妙な話は何を意味するか?警察は事前に宮崎をマ―クしながら泳がせていたことになる。そして宮崎の異常性を際立たせる工作も準備していたことになる。〝宮崎勤事件〟のシナリオは、恐ろしく早い段階で練られていた可能性が出てくるのである。

政界を揺るがした疑獄事件との奇妙な符号

目撃証言と異なる「カロ―ラⅡ」と「ラングレ―」の大きな矛盾
〝誤報〟として処理された読売新聞の「宮崎のアジト発見」報道
そして、宮崎事件とリクル―ト事件の奇妙な符号・・・・・・・・・・
       事件の最深層には果たしていかなる〝闇〟が存在するのか―――?

宮崎勤事件の発端、つまり埼玉県入間市で真理ちゃんが行方不明になったのは、朝日新聞がリクル―ト疑惑をスク―プしてから2ヶ月後のことだった。政界の有力者への未公開株譲渡も発覚し、世間が騒然となっていた。今田勇子の犯行声明が送られた時期には、リクル―ト社前会長やNTT前会長などの大物逮捕が相次いだ。4月に消費税導入と竹下内閣の退陣があり、6月に誕生した宇野内閣が女性スキャンダルに見舞われたのと同じ時期に綾子ちゃん事件が起きている。7月の参議院選挙で自民党は惨敗し、同じ日に宮崎勤が逮捕された。そして宮崎が綾子ちゃん殺しを自供した日に海部内閣が発足・・・・・・・・。
政界のドタバタや消費税の不満などは、史上稀に見る猟奇殺人事件報道の嵐の中に埋没していった。この一連の流れを 事件後の早い時期に〝意図的〟であり〝フィクション〟であると喝破したのは映像作家の手塚真である。<考えられるべき一番大きなフィクションというのは、宮崎勤という犯人と、その環境の全てがフィクションだという考え方がありえるように思えます。何者かが、ある策略によって、あの時期に事件を作らなくてはいけなくて、犯人に何らかの時代の理由付けが必要となり、若者のデ―タをいろいろと掻き集めて、「宮崎勤」という性格の犯人像を作りだしたというものです(中略)どういうカラクリかわからないけれども、何か政治的カラクリがある。例えば、あるものから目をそらせるために、ひとつのものに熱中させるというのは、手品の初歩的なテクニックです>(『Mの世代 僕らとミヤザキ君』太田出版より抜粋)
その言葉のニュアンスには揶揄的な要素が多分にあったと思うが、あらためて当時をふりかえってみると、宮崎勤事件とリクル―ト事件はあきれるほどパラレルに進行していた。そして綾子ちゃん事件から宮崎再逮捕に至る日程は思わず天を仰ぐほど政局と一致していた。一見何の関係もない事柄が、どこかでつながっていたとしたら・・・・・・?そんなことも考えたくなるような符号ではある。

実話GON!ナックルズ12月5日増刊 不思議ナックルズVOL4 取材・文 小池壮彦


■疑問点
●宮勤の逮捕された経緯は、いわゆる別件逮捕で,直接の容疑は、一人の少女への強制猥褻容疑であり、幼児連続殺人事件の容疑ではない。この状況では,本来の容疑とされている連続幼女殺人事件での取り調べは出来ない。それを可能とするには、彼が自ら進んで上申書を提出して積極的に自供をする必要がある。宮は、綾子ちゃんの遺体が発見された89年6月11日より1ヶ月余り後の7月23日に逮捕されて、8月9日に、綾子ちゃんを殺したことを認め、自ら上申書を提出したとされる。

●しかし、逮捕された事件(幼女の全裸写真を撮っていたところを彼女の父親に発見されたとされる)では,姉妹に声をかけ、その一人を途中で帰しているが、このような行動は、常に一人遊びの幼女に声を掛けた犯人の行動パターンとは、明らかに違う。自分の顔が記憶されるのを何よりも恐れる犯人の行動としても、不自然である。

●また、いわゆる“今田勇子”による『犯行声明』と、宮勤が書いた『上申書』の筆跡は、まるで違う字体である(『宮勤精神鑑定書-多重人格説を検証する』瀧野隆浩著、21,167頁)。これが、多重人格説の根拠の一つにもなっている。

●逮捕の状況にも不審な点がある。宮勤の逮捕翌日に、父親が警察に、息子が帰らぬと心配して連絡したが、警察は、八王子署に拘留されているが、大した事件ではない…との返事をしている。家族が積極的に連絡するまで、警察は、家族に逮捕の事実を連絡していない。宮勤に国選弁護人がついたのは、逮捕の2ヵ月後であり、それまでに幼女誘拐殺人の犯行をあらかた自供している。

●第1審の公判中に宮勤の父親が自殺したことをマスコミはほとんど報じなかった。父親は当初、警察の捜査に積極的に協力し、マスコミに彼の部屋を公開したりしたが、彼に面会に行くことはなく、母親が面会に行くことも止めている。

●朝日新聞本社に宛てられた犯行声明の中には、『狭山警察署長が嘘を言い、捜査員には真実を明らかにしていない』といった、警察内部の人間にしか書けないような記述がある(ちなみにこの記述は、新聞報道などでは割愛されており、『宮勤裁判(上)』佐木隆三著、朝日新聞社刊(91年8月1日初版)にしか載っていないらしい)。

●判決では、性的欲求が犯行の動機とされているが、宮は元々,性欲を感じたことがない特異な人間だった、と精神鑑定医は述べている。(『宮勤精神鑑定書』、185頁以下)。これが事実だとすれば、犯行の前提そのものが崩れる。

●宮は、殺害現場や、誘拐した少女をビデオ撮影していたとされるが、彼自身の記述によれば、『カメラやビデオは好きではなく,撮影機にも写真にも撮影事にも興味はなく一台も持っていない』(『夢のなか―連続幼女殺害事件被告の告白』宮勤著、創出版、46~47頁)。
                        
●88年12月の,絵梨香ちゃん殺害の行動について,ラングレーを現場付近で脱輪させたとしているが,この脱出を助けた元自動車販売業者の証言では,車は断じてラングレー(宮勤の所持していた車種)ではなかったとしている(この証言は公判では無視された)。      
 また、間近に犯人を見たとされる目撃者は、検察側からの働きかけにもかかわらず、法廷では証言していない。また目撃者は、警察に対する供述の中で犯人の人相着衣に全く触れていない。あるいは、触れたのかもしれないが、完全に無視されている。             

●宮勤が逮捕されて、第一回公判が開かれるまでの8ヶ月の間に、彼は、順次犯行を自供したとされる。その中で彼は、理路整然と自供しているが、公判廷では7年間にわたり、『全体的に醒めない夢を見て起こったと言うか、夢を見ていたと言うか…』という曖昧で他人事のような供述に終始した。果たして、このような人間が理路整然とした自供や供述が出来たのか?    

●宮勤が多重人格とされているのは、同一人格では犯行に辻褄が合わないからではないか。取調べ中に犯行を自白し自己の犯行を理路整然と供述した人物と、公判における宮勤の夢遊病者のような茫洋とした人格とは同一人物とは思えないほど異なっている。

●公判における供述内容が自供したといわれる調書の内容とまったく異なっている。検察側はこれを、精神分裂病や多重人格(四重人格!)によるものとしているが、もともとの自白が自分の記憶と意思によるものでないから一貫性がないのだと考える方がむしろ自然である。公判における彼の態度は、高度な催眠術で自分が犯行を実行したとする暗示を植え付けられた人間のそれである。    

●公判の最後に彼は、『早く家に帰りたい』と言い、判事の『帰れると思うか?』との問いには、『はい。それほど悪いことはしていませんから…』と言い放った。これは、自らの無実を語ったに等しい言葉である。いかに暗示によって,犯罪を実行したかのように思わせられても、所詮、それは、夢の世界の出来事でしかない。本当の自分は、そんな犯罪を犯していないことを知っている。ただ、何故、自分の心に犯罪の記憶があるのかが分からないのだ。つまり、催眠術で与えられた暗示は、それが何処から来たかが分からない。我々が夢を思い出したときに、どうしてそんな夢を見たのか分からないのと同じである。
              
●裁判所は、7年間に及ぶ公判中の宮勤の不可解な言動を「拘禁反応」の一言で片付け、彼が「拘禁反応」に陥る前の、逮捕されてから2ヶ月の間に(国選弁護士もいない状態で)作成された供述調書に基づいて判決を組み立てている。
 宮は、公判段階では,誘拐の犯意や殺意等を否定し,殺害現場にネズミ人間が現れたとか,全体を通して夢の中でやったような気がするなどと述べるばかりで,公判の中で一度として積極的自供を再現していない。
 裁判所は,事実認定を争わないとする前提から,裁判所が明確に確認のできない捜査段階での被告の供述内容を絶対的に正しいものであると認定し,敢えて,そこでどのような取り調べが行われたかの検証は一切除外している。

●『覚めない夢の中で犯した犯行だ』とか,『鼠人間が現れてマネキンのようなものを落としていった』などという彼の供述は、強度の催眠術にかけられて犯人に仕立て上げられた容疑者の言葉である。何度も『鼠によく似た』取り調べの警察官に,マネキンを使って,犯行のシミュレーションがなされて,犯人であると思い込まされて来た経緯も考えられる。
彼は,決して直接犯行を認めている訳ではない。

●宮の弁護団は、死刑判決が下された1審に対する控訴審において、捜査段階の取調べが拷問による自白であるとの主張がなされたが、信用出来ないと一蹴されている。
 宮自身は次のように発言している。
 『警察は,言う通りにしないと怖い』『警察の話に合わせないと酷い目に遇うから早く終わって欲しいと思った』(『宮勤精神鑑定書』216頁) 
 『警察に合わせてるからわからない』(上掲書、138頁)

参考リンク
冤罪?東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤に死刑執行


                    

川田亜子 自殺

川田亜子事務所プロフィール所属事務所 ケイダッシュの川田亜子 プロフィール(写真クリックで拡大)

・2002年TBS入社、2007年3月23日付でTBSを退社し、フリーアナウンサーに転身。
・2007年4月7日からテレビ朝日「サタデースクランブル」のキャスターの異例の登板。
・2008年5月22日発売の週刊新潮が『「私は悪魔になった」』記事から、騒動になった。
 5月12日のブログは、削除されているため、「05-12ブログ」をクリック
・2008年5月26日(月)午前6時15分ごろ死去、自殺。(他殺の説もあり)

■事件のあらまし

・2008年5月26日(月)午前6時15分ごろ、東京都港区海岸3丁目の路上(丸運株式会社前)で、
 「女性が車の中で倒れている」と通りかかった会社員(通報者:T氏(谷口氏ではない))から110番通報があった。
 警視庁三田署員によると、車内でフリーアナウンサーの川田亜子さん(29)が死亡していた。
 家族に感謝の言葉を記した遺書が、車内に3通あり同署は自殺とみているようだ。

・自殺の状況は、東京・港区のレインボーブリッジが見える倉庫が立ち並ぶ場所で、
 所属事務所(株式会社 ケイダッシュ)が所有する白いベンツの車内の運転席で助手席にもたれかかる
 ようにして死亡していた。
 後部座席に練炭が2つ置かれていた。
 窓には運転席のみ目張りがあり、助手席は目張りがなかった。
 助手席の鍵は開いていた。
 ダッシュボードに遺書らしきものがあった。
 服装は、Tシャツにシーンズ姿のラフな格好であった。

・遺書3通は、次のとおり
 1.家族宛(封筒)
 2.仕事宛(3行程度)
 3.マットテイラー氏宛 (メモ)(最初は、谷口元一氏の情報あり)
 しかし、遺書は印刷のため、本人にものであるかは不明。
マットテイラー氏からプレゼントされた「永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書」があったとされている。



■疑問点

計画的覚悟の自殺にしては不自然な点が多すぎる
自殺するまで
・身辺整理が全く行われていない
・仕事場に連れてくるほどの愛犬家なのに可愛いペットを放置
・最愛の肉親への最期の別れの挨拶が無い
・自殺当日も外人のボーイフレンドと食事デートを楽しんでいる
・鳥越と30日に食事の約束をしてる
・爆笑問題にも今後もよろしくと挨拶してる
自殺の状況
・練炭自殺なんて面倒な作業を女が一人でやるか?
・都内で女性が車の中で一人で練炭自殺など聞いたこと無い
・サンダル履いて?重い練炭こんろを運ぶ姿などマンションのカメラに映ってないのか
・そもそも練炭こんろをいつどこで買った?
・服装、自殺場所、時間帯全てが妙
自殺後
・記者会見すら開かない。所属事務所の冷たい対応
・事件を幕引きしたがる警察副署長の言動
・降ってわいた様な突如持ち上がるストーカー問題
・守秘義務を守らない自称カウンセラーの登場
・責任者である事務所幹部Tが姿をくらます
・ブロクの不可解なコメントの殺到
・意味ありげな日のブログ削除&ブログ閉鎖告知
・テレビは自殺と簡単に報じた以降この件をスルー
・緘口令が引かれたかのように口を噤む関係者
・父親が憤慨してるその原因(告発するという噂)
・第一発見者が行方不明?
・自殺場所や死亡時間が変わっている 川田亜子とヤクザとマット・テイラー

■事件までの時系列

25日 正午頃 川田さんはマット・テイラー氏と昼食。その際、夏用のドレスをマット・テイラー氏からプレゼントされている マット・テイラー氏談
25日 午後 同じマンションの住人にグレーのパーカーを着て、犬の散歩に出かける川田さんが目撃される  同じマンションの住人 掲示板 ※未確認情報
25日 20:00頃 白のベンツ内で川田さんが車中でうつぶせに川田さんらしき人を第一発見者が目撃 第一発見者談
26日 04:40頃 近くのそば屋主人によって停車中のベンツが目撃される そば屋の主人談
26日 06:15頃 同第一発見者によって警察に通報される 第一発見者談
26日 06:30頃 騒ぎになり複数の目撃者が事件現場を目撃。膝を抱え右の窓にもたれかかっている体勢や死後硬直が確認される。寝ているのか死んでいるのか分からないとの証言もある 複数の目撃者
26日 06:30頃 警察と消防が到着し、遺体を搬送。練炭とのメモを消防が見せる。 複数の目撃者


■川田亜子を取り巻く人間関係(写真クリックで拡大)
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■谷口 元一
谷口 元一

創価大卒でTBS入社後、 薬物で逮捕、 解雇された後、 芸能事務所幹部にまで上り詰める。
その地位と権力を濫用し、 多くの女優・タレントに肉体関係を強要し 精神的にぼろぼろにした
後ポイ捨てするという、 悪行を繰り返した鬼畜。

・ケイダッシュ、バーニング事務所の力を借りて、業界内に幅を利かせているらしい。
・顔はイケメン(カールスモーキー石井似といわれている)
・弟に、谷口大二氏、フジテレビディレクターがいる
・素行が悪いためか、悪評が多い。以下、噂の内容
 ・谷口はともさかりえ、榎本加奈子、畑野浩子、井川遥、長谷川京子など自分の情婦にしてから売り出す
 ・畑野と結婚した柏原崇は谷口の逆鱗にふれ芸能界から干されてしまった。そして畑野と柏原は離婚。
 ・業界のコワモテで通るケイダッシュの名物マネージャー、「現住所バーニング、本籍地ケイダッシュ」と言われている
 ・小泉今日子の親衛隊長
 ・TBSのAD時代にバーニングより金銭を授受されていたが、不祥事を起こし退社
 ・谷口はホモ喰い、バイセクシャルでも有名、舎弟である永井大、 玉木宏、高橋克典、坂口憲二、渡辺謙、はなわ等
  との関係も噂

○川田亜子・谷口元一の関係
・TBS退社後、フリーに引き抜いたのは、谷口氏といわれている。
・最近まで、交際していたようだ。(自殺場所の位置関係をみても、親密であることは明白)
・ただし、交際関係は強要されていた可能性が高い。
 (力関係からすると、想像はできますが・・・)
・スカトロプレイなどの肉体関係を強要されていたようだ。
・自殺前日、谷口氏と接触又は電話をしていたようだ。


実話ナックルズ 川田亜子アナ”交際相手”X氏の悪評 「殺されたのは川田さんだけじゃない!!」
実話ナックルズ 川田亜子アナ”交際相手”X氏の悪評 「殺されたのは川田さんだけじゃない!!」

■マット・テイラー(Matt Taylor)
マットテイラー
・核兵器解体基金 - Global Nuclear Disarmament Fund(GND)創設者・エグゼクティブディレクター
・「永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書」をプレゼントしていたとされている。
・交際関係にあったようだ。
・以前、タイタニック エキシビジョン ジャパンという組織のCEOであった。
 http://www.titanic.co.jp/ (閉鎖)
 タイタニック引き上げ品展
 http://homepage1.nifty.com/Titanic/topics/exhibition.htm
 タイタニック公式イベント(ザ・リッツ・カールトン大阪)
 http://homepage1.nifty.com/Titanic/topics/offdin.htm
・映画「原爆の火」特別試写会に、ケイダッシュ関係のタレントが試写していることから、事務所との関係があるようだ。
川田亜子の元恋人を自称するマット・テイラーは詐欺師ではないか?
○川田亜子さん・マット・テイラー氏、谷口氏の関係
・総合すると、三角関係にあったようだ。(マット氏の交際関係も疑問の余地があるようです。)
・テイラー氏と谷口氏は、上記から事務所間の関係にあり。
・今回の自殺の件で、テイラー氏と谷口氏の誹謗中傷合戦が行われているようで、もし、インタビューや
 出先が知れない情報は、情報操作の可能性があります。注意しましょう。
 
 川田亜子アナ「自殺」の真相巡り 元恋人が事務所幹部を「提訴」(J-CAST)



■週刊誌報道

女性自身 父が明かした「遺書」と「自殺」の真相  女性自身 父が明かした「遺書」と「自殺」の真相2



■参考リンク
川田亜子さん・自殺?まとめ
川田亜子さんは他殺された

永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書永遠の別れ―悲しみを癒す智恵の書
(2007/01/01)
エリザベス・キューブラー・ロスデーヴィッド・ケスラー

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ジャニー喜多川

ジャニーズ ジャニー喜多川のホモセクハラ疑惑

ジャニー喜多川 
 ジャニーきたがわ、Johnny H. Kitagawa, 本名: 喜多川 擴(きたがわ ひろむ)
 (1931年10月23日 - )




■裁判 (Wiki)

1999年、『週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事を掲載し、ジャニーが所属タレントに対して同性愛行為を行い、事務所では未成年所属タレントの喫煙などがあると報道した。これに対しジャニー側は記事が名誉毀損であるとして、文春に対し1億円あまりの損害賠償を求める民事訴訟を起こした。

2002年3月27日の一審判決では、ジャニー側が勝訴し、東京地裁は文春側に880万円の損害賠償を命じた(井上哲男裁判長)。文春側はこれを不服として東京高裁に控訴した。

2003年7月15日の二審判決では、ジャニー側の同性愛行為を認定した(矢崎秀一裁判長)。このため同性愛部分の勝訴は取り消され、損害賠償額は120万円に減額された。ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、2004年2月24日に棄却され(藤田宙靖裁判長)、120万円の損害賠償と同性愛行為の認定が確定した。




■性癖&過去の告発

・少年の精液を飲んで生きる「吸精鬼」と呼ばれる。とにかく若い美少年の精液を飲むのが趣味。

・1962年に採取のグループである「ジャニーズ」が結成されたが、もともとは池袋西口にある芸能プロダクション「新芸能学院(現名和プロダクション)」に籍を置いていて、ジャニーは彼らのマネージャーだった。

・ジャニーズメンバーの一人、中谷良の告白(『ジャニーズの逆襲』データハウス刊)によると、彼らはジャニーが監督をしていた少年野球チームの子供たちで、当時は小学生。その頃から、彼らの性器をもてあそぶなど性的虐待を繰り返し、彼らをてなづけていた。

・その後、彼らにアイドル性をみたジャニーが芸能事務所に入れたが、彼らが売れるとその事務所から勝手に連れ出し独立させ、1962年にジャニーズ事務所を創業。1975年1月になって正式に株式会社として法人登記される。

・その時、新芸能学院(元)の社長が、ジャニーに対し、「所属中の授業料やスタジオ使用料、宿泊費、会費」の未払いを東京地裁に訴えた。その裁判中の証言により、「ジャニーは同性愛者であり、事務所に所属する男性タレントに対してセクハラ、及び同性愛の強要を行っている」と言うことが暴露され、多くの週刊誌の話題に上った。

・1970年代にも、ジャニーの性的虐待行為は取り沙汰されるが、その間、アイドルを次々と輩出し、ビッグになっていったジャニーズ事務所は、それらの醜聞をものとせず、自分の見つけてきたアイドル候補生には全て儀式として、ホモ行為を強要していた

・1981年以降、月刊誌『噂の眞相』がこの問題を数十回取り上げており、元所属タレントであるフォーリーブスの北公次も、『光GENJIへ』(データハウス、1988年刊)では、ジャニーとの愛人関係、及び薬物中毒の件など告発している・

・1999年には、『週刊文春』がジャニーズ事務所に関する特集記事を掲載し、ジャニーが所属タレントに対してセクハラ・児童虐待を行い、事務所では未成年所属タレントの喫煙などがあると報道した。これに対してジャニー側は、名誉毀損であるとして文春を訴え、1億円あまりの損害賠償を求める民事訴訟を起こした。

・2000年4月13日には、自民党衆議院議員・坂上善秀(現・宝塚市長)がこの芸能事務所による児童虐待問題を衆議院で取り上げたが、国会で問題になっても警察の動きはなく、ジャニーズ事務所の警察や政界との癒着がささやかれている。

・2003年7月15日の二審判決では、ジャニー側のセクハラ行為を事実と認定した。これによりセクハラ部分の勝訴は取り消され、損害賠償額は120万円に減額された。ジャニー側は損害賠償を不服として最高裁に上告したが、2004年2月24日に棄却され、120万円の損害賠償とセクハラ行為の認定が確定した。

・しかし、その後も、元ジャニーズジュニアによる、ジャニーの性的虐待顕在の証言が相次いでいるため、少年愛者の世界では、ジャニーほどの幸せなやつはいないと言われている。自分の好きなローティーンの美少年をこの40年以上、何千人も喰ってこられて、何のお咎めなしで生きているからである。

■手口

・元アイドル、元ジュニアたち、数百人の証言をまとめると次の手順に成る。

①ジャニーがオーディションを自ら行う。

②気に入った少年に直接声をかけ、まずは合宿所と呼ばれるジャニーの美少年の館に誘う。

③そこでは、現アイドルも住んでいるため、少年たちは安心して、数人で合宿する。

④ジャニーとその豪華なマンションにある大きなバブルバスに入り、全身を丁寧に洗われ、そのときすでに性器ペッティング、または、アナルに指を挿入される。

⑤ベッドを並べて大部屋で寝ていると、ジャニーが深夜におしぼりを手に入ってきて、そこにいる全員の性器をフェラチオしにくる。これが初体験。

⑥さらに気に入られた少年は、ジャニーにアナルセックスを強要され、ネコ役、タチ役、どちらも行われるが、これまでを耐えないとデビューへの道は閉ざされる。拒否をすれば「ユーはもう来なくていい」の一言で、首を斬られ、二度と芸能界への道はない。

⑦デビューしても、お気に入りの少年は、常にジャニーと合宿所で生活させられる。

⑧デビューしたアイドルで、ジャニーの毒牙にかかっていないものはいないが、芸能界で生きていくにはこれを告白するわけには行かず、誰もが口を閉ざす。告白したものは、芸能界を追放される。また、その秘密を盾にジャニー自身も何度か脅迫されている。

・これほどまでに明らかな犯罪、児童虐待、性的虐待であるにもかかわらず、警察の上層部との絡み、政界の黒幕である中曽根康弘との関係により、ジャニーは今でも元気に、少年を陵辱し続ける。

・ジャパン・スケプティクスの機関紙『NEWSLETTER 53号』や『ニューヨーク・タイムス』『オブザーバー』などの海外メディアでもこの問題は大々的に取り上げられ、これをタブー視するなどして報道しない日本のマスメディアの姿勢を批判した。


■メディアの沈黙

何をいまさら…かもしれないが
ジャニー喜多川のセクハラ行為は99年裁判で認定されている。
ジャニーズ側が「週刊文春」に対し、
1億円あまりの損害賠償を求める訴訟を起こした。
しかし、「真実性の抗弁が認められる」とされ、
最高裁ではジャニーズ側の上告は棄却され、事実上ジャニーズの敗訴となった。
このことはマスコミが圧力をおそれ、一部の新聞でしか報道されていない。
テレビに至っては、民放だけではなくNHKでさえも、数字の取れるタレントを多く抱えるタレント事務所に関しての不祥事は沈黙している。
ジャニー喜多川も現在は70歳を超えて流石に昔のような勢いは無いと思うが、性癖は変わりようが無い。

【ジャニーズの不祥事隠しか!?】ニコニコ動画でジャニーズ関連の動画が大量削除される
ジャニーズのアイドルユニット「嵐」の大野智の「大麻で3P疑惑」に関するニコニコ動画のデータが、著作件違反に該当しないのに、ジャニーズ関連企業「株式会社アートバンク」の圧力によって削除される。



■関連書籍

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飯島愛 自殺

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飯島 愛(いいじま あい、本名:大久保 松恵(おおくぼ まつえ)、1972年10月31日 - 2008年12月)は、日本の元タレント・元AV女優。東京都江東区出身。滝野川女子学園高等学校中退。
元ワタナベエンターテインメント所属。身長163cm。血液型:A型。



予言されていた飯島愛の死




■事件
元タレントの飯島愛さんが24日、東京都渋谷区内の自宅マンションで死亡しているのが見つかった。36歳だった。警視庁渋谷警察署によると、同日午後3時半ごろ、数日間、飯島さんと連絡が取れないのを不審に思った知人女性が自宅を訪れ、管理人に部屋を開けてもらったところ、普段着姿で21階にある自宅リビングにうつぶせに倒れていた飯島さんを発見し119番通報。救急隊員が駆け付けたときには死亡していたという。警視庁では、事件性はなく自殺した可能性があるとみて調べている。

 「目立った外傷はなく、着衣の乱れもなかった。渋谷署は事件性はないと判断。死後、数日が経過している可能性があるとして25日に遺体を解剖し、自殺と病死の両面で調べるそうだ」(取材したワイドショー関係者)
 飯島さんは、AV女優時代にテレビ番組でTバック姿を披露し一躍人気者に。AV引退後は芸能界に転進し、歯に衣着せぬ物言いでバラエティー番組で活躍。整形や性病感染歴を赤裸々につづった自伝「プラトニック・セックス」は売り上げ100万部を突破。ドラマ・映画化され、「印税など、少なく見積もっても2億円は手元に入ったはず」(出版関係者)。
 しかし、06年11月にはブログで個人事務所の経理担当者に数千万円の横領被害にあったことを告白。同12月にはやはりブログで腎孟(じんう)炎を患っていたことを明かした。翌07年3月に突如、芸能界を引退した。

 「横領被害で人間不信に陥った。さらに、外出はすべてタクシーなどかなりの浪費家だったため、経済的にも大きなダメージを負った。引退の際には、周辺から一部に引退をリークされたため、ますます精神的にきつくなった。今年2月にはノイローゼに悩まされ、抗うつ剤を処方されたことを告白。先月には、写真付きで円形脱毛症になったことを告白していた」(週刊誌記者)
 引退後、飯島さんに関しては、「新しいビジネスを始める」「芸能界に復帰する」など諸説流れたが、結局、ブログ更新以外は何のアクションも起こさなかった。
 「自宅マンションの家賃は約60万円だったそうですが、旧知の関係者に100万円単位の借金を申し込んだこともあったそうです。死の1週間以上前には、近所の住民が、飯島さんがブーツを脱いで手で持ち、裸足でエレベーターに乗り込むのを目撃していた」(同)

 飯島さんと親しかった出版プロデューサーの高須基仁氏談。
 「彼女は常に4つのストレスを抱えていた。過去のAV出演歴。1988年に東京都足立区で発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件との関係。体調不良。その体調不良の原因ともなった、小説『プラトニック・セックス』の担当編集者との失恋だ。最後に話したのは10月12日、彼女から電話があった。三浦和義の死についてどう思うと聞かれたので、彼は自殺するようなタマじゃないし、殺したって死なないようなヤツだよと答えた。それが最後だった。飯島だって殺したって死ぬような女じゃないから、たぶん自殺、あるいは病死じゃないか」



■綾瀬・女子高生コンクリ詰め殺人事件と飯島愛の関係

横領事件、突然の休養・・・蒸し返された疑惑
「足立区監禁事件との関係。私が、殺人事件に関係している。と、だいぶ前から噂されていたらしい。私は、殺人事件に関わった事実はありません」(原文ママ)
唐突な殺人疑惑の否定だった。タレント・飯島愛が昨年10月23日、自身のブログに記述したものだ。これはインタ―ネット上に流れる噂に対してのものであることは間違いない。犯罪史上類を見ない凶悪事件である「綾瀬女子高生コンクリ―ト詰め殺人事件」の犯人と飯島が交際していたという都市伝説のような話だ。
「被害者女性の額に書かれたイニシャルが飯島の名前と一致したとか、ある番組で事件について聞かれた飯島がしどろもどろだったとか根拠に乏しいものが、ネットなどで根強く疑惑が囁かれ続けていたので、黙っていられなくなったんでしょう。ただ、彼女は、殺人という犯罪行為だけを否定して、噂の核である犯人との交際には全く言及していないんですよね。ネットでは逆に交際していた事実を認めたようなものという意見まで出ています」(芸能ライタ―)
実はこの噂、ネットの中だけにとどまらなかった。大手芸能プロ関係者によれば「芸能界の中でも最近、この話で持ちきりだった」というのだ。
「しばらく消えていた噂だけど、最近になって蒸し返されたんだ。というのも彼女が最近、何者かに弱みを握られて1億円近い金をゆすられてたっていう別の噂があってさ。その弱みっていうのがコンクリ事件のことじゃないかっていうんだ。本当かどうか確かめようもないけど、彼女には大金を失った話があったから、ひょっとすると・・・」
昨年11月11日、飯島はブログで「想像を絶する金額」を事務所の経理担当に横領されたと書いた。その額が1億円近いとあって、ゆすられた噂の額と一致していたわけだ。横領事件自体は2年前の話だというが、これを書いた直後の翌日、飯島は突如、レギュラ―出演している番組「サンデ―・ジャポン」を休んでいる

「お金大好きを公言する、あの飯島が1億円近く取られて警察にも届けないっていう事自体が不自然だし、重要なことを書いた翌日のタイミングで休業なんて怪しいよな。その理由が岩盤浴で汗をかいたら脱水症状になったとかいうのも無理があるんじゃないか。昨年11月9日にレジャ―紙が飯島の殺人疑惑を一面で報じているんだけど、彼女が2年も前のことを書いたのはその2日後だから、話をそらしたかったのかな。横領話で恐喝されたのをごまかしたつもりが、逆にゆすった人物に余計なことを書くなと怒られ仕事を休むハメになった・・・なんて勝手な解釈をしているんだけど、真相を知りたいもんだ」
ちなみに、有名出版プロデュ―サ―の高須基仁氏も過去に自身の連載コラムで「飯島が犯人グル―プとなんらかの関係があったのは事実で、それをネタに何者かにゆすられ、数千万円払って話を抑えた・・・本当かどうかは分かんないけど、その可能性は高いと思うんだ」(内外タイムス/2006年11月25日)と書いている。



飯島愛がコンクリート殺人事件に関与したと倉地明美が証言!

銀座ホステス時代の親友で暴露本の筆者:倉地明美(ぺんネーム)が、飯島愛(芸名)の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件への関与を語りました。
内容からは、まだ表に出ない殺人事件が隠されていることを親友で暴露本の作家が語っており、信憑性が高いと判断しました。
このまま公開しないと今後も被害者が出るかもしれません。もし、被害者の家族などが見れば声を上げるかもしれないと考えました。
これが飯島愛の一般的友人の発言なら無視したでしょうが、飯島愛暴露本の作家の声なら放置出来ません。
飯島愛、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件の加害者達がこれ以上罪を重ねないようにと思っています。

主な倉地明美の証言:
▲飯島愛が綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件で人の命を奪ったのだから現在の状況は自業自得
▲飯島愛が綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件関係者に脅されまくっている
▲倉地明美にも圧力がかかっているので有名なヤクザに守ってもらっている
▲飯島愛の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件を深く探った者は殺されている
▲飯島愛の綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件との関与に関わる事を書くと命を狙われる。

私は飯島愛のバラエティで見せていた屈託のない笑顔が好きです。
しかし、その彼女が綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件に関与して、尚且、今は命を狙われる立場にあるとしたらどうでしょう?
これから事件が、起きる可能性があれば阻止したいと考えます。

飯島愛の親友だと公言する倉地明美との出会いはmixiでした。
最初は、お互いおばさんの行動が気に食わないなんて馬鹿なことで言い合って笑うような展開でした。
ところが、途中から笑ってられない話が出てきました。
証拠ZIPファイル右クリック対象をファイルに保存

・飯島愛、親友ホステスに暴露された闇の経歴 (2007・10・7 アサヒ芸能)

10月5日に出版されたホステスの倉地明美(38)の「銀座『女の戦い』 」が話題になっている
夜の銀座の実態を暴露しているのももちろんなのだが、倉地の後輩ホステスでかつて大親友だった飯島愛(34)との交際秘話がつづられているのだ。
そして倉地さんは暴露するほど、怒りのホコ先は、彼女に向けられている。

飯島が恋人にフラれて、レギュラー番組をすっぽかしていた時、心配した倉地さんが飯島の自宅を訪ねたところ、<あたしはピンポンピンポンうるさく鳴らした。ようやく出てきた愛は、まるで幽霊だった。部屋じゅうがシンナー臭い
「芸能界に入ってからもシンナーは吸っていた。平常心でいられなかったんでしょうね。その時も吸っているシンナーを取り上げましたよ」
六本木のクラブで出会い、飯島はすぐに倉地さんにあこがれて、慕ってきたという。倉地さんは飯島を妹のようにかわいがった。

家賃が払えないと言えば、金を貸すこともあった。「愛はモテなかったから、男に貢いでばかりいた
私が貸したお金でプレゼントしたり。何度か、『自分で働いて貢ぐのはかまわない。人から金を借りてまで貢ぐなよ』って言ったこともあった」
飯島がAVに出演して周囲の友達が離れていった時も、唯一、残ったのが倉地さんだった。
「AV時代の過去を消したがるけど、AVをやる時も言ったの『失うものはすごく大きいよ。それを踏まえてやるならやれば』って。でも、さすがに裏ビデオが出た時には、『死にたい』って
泣いてた。
そして、タレント活動を始めたころから飯島は倉地さんに「脅しが怖い」と漏らしていたという。
「愛本人が言うには、当時の友達の親から『過去のことをバラされたくなければ金を出せ』と言われていて、かなりの巨額のお金を渡していたみたい。理由を聞いても『生活が苦しいみたい。世話になったし』って話すだけで。

自分の親戚からも『稼いでいるから金よこせ』と言われていたり、『親に2000万円預けて使われちゃった』ともコボしていた」。
倉地さんによれば、飯島は芸能界に染まっていく中で人が変わってしまったという。
「AVの時もスターになったあとも、陰から支えていたつもり。『こんなによくしてくれるのは明美だけ。この恩は一生忘れない』って話したのを、愛はさっさと忘れてしまった。
人から脅されてもしょうがない部分はいっぱいある。



飯島愛の本当の死因を知る人物が必ずいる!! (ゲンダイネット)

 24日に東京・渋谷の自宅マンションで死亡が確認された飯島愛(享年36)にさまざまな情報が飛び交っている。

 今のところ事件性はないといわれているが、真相は不明だし、ナゾが多すぎる。

 昨年3月に芸能界を引退した飯島は、最近になってコンドームや女性用バイブを販売する会社を立ち上げて自ら社長に就任。今月6日には栃木で行われたエイズ啓発イベントで元気な姿を見せていた。

 飯島は引退後はほとんど仕事がない状態が続き、ブログで「所持金が9万8000円しかない」と、金欠を訴えたこともあった。第三者がバックアップしていたと考えるのが自然だが、その影はうっすらとしかつかめていない。

 また、飯島が住んでいたのは一般人ではとても住めないような高級マンションだった。渋谷駅から徒歩数分の場所にある地上21階、地下4階建ての高層タワーで、テナントには有名企業も入っている。住居用マンションの1カ月の賃料は1LDKで約60万円。最上階にある飯島の部屋は100万円は下らないといわれているだけに……。

「飯島は芸能界だけでなく、政財界まで幅広い人脈があり、アドバイスしてくれる協力者は少なくなかった。青年実業家、ゲームソフト会社の経営者、IT関係者との親密交際もウワサされ、投資話にも積極的だったそうです」(マスコミ関係者)

 さらに、彼女が知人に投資を推奨していた時期もあったが、いずれの企業も問題を抱えている。今年上場廃止に追い込まれた会社もあるし、赤字続きなのに巨額の増資を実施したウエディング関連会社、再建途上の情報通信企業など、一般には手を出しにくい会社ばかりだ。

 パーティー会場で政財界の大物たちに囲まれて談笑している飯島が目撃されたり、小泉元首相が厚生相時代に一緒に食事をしたこともある。

「都内の繁華街で番組のロケが行われた時、こわもての人物が何人も飯島のところにあいさつにきて、現場の混乱を収めるために協力したというエピソードもあります」(前出の関係者)

 飯島の死の真相を知る人物はいないのか。何者なのか。

(日刊ゲンダイ2008年12月26日掲載)


 「覚醒剤反応」が出た飯島愛 怪死の真相と周囲の黒い影(週刊新潮 2009/1/7)

捜査関係者によると、遺体に外傷や着衣の乱れもなく、事件性は薄いと判断された。
・だが、トライエージというコカインや大麻、モルヒネなど8種類の薬物を同時に検出することが
 可能な検査キットを使ったところ、陽性反応を示す赤い線が浮かび上がった。
・なぜ現場でこの検査キットを使ったかと言うと、昨年1月に飯島が渋谷署で「薬を呑んで
 おかしくなった」等訴えたとスポーツ紙で報じられたが、実際には「私、覚醒剤をやった」と
 口走ったという経緯があったため。その際は検査をしたが陰性だったため、お咎めなしで帰された。
・警察は陽性反応を受け、マンションの室内を徹底的に捜索したが、睡眠導入剤や風邪薬は
 見つかったものの、覚醒剤の現物や注射器は発見されなかった。
・状況証拠を添えるかのように、彼女の周辺には、暴力団組員との交際や、あまり筋のよくない
 友人から金を無心され弱り果てていたという話が多い。
・引退前に構えていた個人事務所に出入りしていた一人が広域暴力団の出身だったという話があった。
・女子高生コンクリート詰め殺人事件について、犯行現場にいたとか出所した犯人の1人と
 同棲していたなどの噂は都市伝説に過ぎないし、飯島も以前否定している。だが、少なくとも、
 金の無心をされたり、知人関係の中に、その筋に近い人物がいたとされる点に関しては、
 全く的外れとはいえない。
・引退の直前、遅刻やドタキャンだけでなく、ドアを開けるマネージャーを認識できずに通報
 するなど錯乱が疑われる事態も起きていた。
・医師によると、陽性反応は別の薬に反応した可能性も捨てきれないとのこと。風邪薬や
 腐敗した試料で検査すると覚醒剤反応が出たという報告もある。確定するには、3週間ほど
 時間のかかる病理検査や薬科学検査の結果を待つしかない。
・元東京都監察医務院長の上野正彦氏は、睡眠導入剤の中毒で起こすことがある「うっ血性
 心不全」が死因ではないかと推測。万が一、睡眠導入剤と覚醒剤を同時に服用したと仮定
 すれば、更に急激な中毒症状を伴うことが予想されるという。
・「エアコンや床暖房が付きっぱなしだったため、遺体は部分的に腐乱しており、頭部の重みで圧迫された顔面は、歯が唇を突き破り、脇腹部分も腐敗し、内臓の一部がはみ出すほど傷んでた。」(捜査関係者)




■参考リンク
飯島愛のポルノ・ホスピタル

PLATONIC SEX (小学館文庫)PLATONIC SEX (小学館文庫)
(2001/08)
飯島 愛

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ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
(Johann Wolfgang von Goethe, 1749年8月28日 - 1832年3月22日)
彼は、「もっと光を(“Mehr Licht!”)」という最期の言葉を遺した。
この言葉をフランクフルト訛りでいうと、『全ては嘘』という意味にもなる。








 

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